【飯塚元院長】ウィキペディアで加筆と削除の応酬 池袋暴走事故めぐり

誰でも編集でき、広く利用されているインターネット上の百科事典「ウィキペディア」で、
書き込みと記述の削除が繰り返されるケースがあり、議論を呼んでいる。特に日本語版で削除が多いとされるが、なぜなのか。

ウィキペディアは米国の非営利団体「ウィキメディア財団」が運営。ボランティアによって編集されている。

今月に入り、昨年4月に起きた東京・池袋の暴走事故の当事者をめぐって論争が起きた。
12人が死傷した事故を起こしたとして、自動車運転死傷処罰法違反（過失運転致死傷）の罪で在宅起訴された
旧通産省工業技術院の飯塚幸三・元院長（89）について、ウィキペディアの事故についての記述が削除されたまま、
新たな書き込みができない状態になったからだ。

元院長をめぐっては事故後、逮捕されず任意捜査となったり、マスメディアが当初は「さん」付けで報じたりしたことから、
「上級国民」「特別扱いされている」という声がネットを中心に上がった。
警察は証拠隠滅や逃亡の恐れが少ない場合には逮捕せず、朝日新聞は逮捕されていない事件では通常、容疑者呼称は用いない。

元院長のページでは研究者としての功績だけが残り、ツイッターでは「これが上級国民の力なのか」
「（ウィキペディアに）いくら寄付したんだ」といった反発があった。
SNSに詳しい編集者の中川淳一郎さんは「事故を起こしたことが許せないと、『正義感』をたぎらせる人がいる事案だ」と話す。

「事故は公の利害に関する事実で、公然のもの。プライバシーに含まれるものではない」
「プラスの功績だけ羅列して、マイナスに関しては全て削除し保護（ブロック）をかけるというのはあまりにも偏っているのではないか」。
議論を交わす「ノートページ」には、事故について記載すべきだと考える人たちの主張が並ぶ一方で、
プライバシーの保護の観点から削除を唱える人の意見もある。

記載か削除か、意見が対立するケースでは、継続的にウィキペディアの編集に関わり、
権限を与えられた「管理者」が、ノートの内容を検討し、サイトの方針に沿って削除や保護の措置をとる。
元院長のケースでは、「プライバシーの保護」というサイトの指針に沿って削除が決まった。
犯罪歴は、基本的に削除の対象だ。

ウィキペディアに多数の記事を投稿している北村紗衣（さえ）・武蔵大学准教授は、
「日本語版は英語版などに比べてプライバシーの基準が非常に厳しい。今回も通常の判断と言える」と解説する。
日本には事業を支援する組織がなく、損害賠償などを求められる訴訟リスクを重くみる傾向が強いという。
過去に起こした死亡事故について、「ノート」での議論の末、掲載が見送られたケースはほかにもある。
「例外はあるが、事故については法改正に結びつくようなもののほかは記述されないことが一般的だ」と話す。

管理者の一人で、9月に元院長のページに保護措置をとったsumaruさんに理由を聞くと、
事故に関する項目が再び書き込まれたり、事実に反する記載があったりする「荒らし」状態になったためだという。
「類似の状況であれば、どのテーマの記事でも似た対処になるはずだ」とする。
スキャンダルが明らかになった芸能人らについても、中傷を含む「荒らし」があって保護措置がとられることは珍しくない。
（杉浦幹治）

https://digital.asahi.com/articles/ASN9S5TNWN9JUTIL03F.html