「憂さ晴らしだ。キムチ鍋、食べに行こうよ」気がつけば傷をなめ合う仲間は“年下ばかり”…阿川さんがいくつになっても「年下から慕われる」理由 | 文春オンライン
『年とる力』より #8
阿川 佐和子 5時間前深夜2時、仕事で叱られた心の傷をなめ合う仲間はいつも「年下ばかり」だった――。20代後半でテレビ界に飛び込んで以来、なぜかどこへ行っても指導者ではなく「遊び仲間」扱いされてしまうという阿川佐和子さん。そんな彼女が年齢の壁を超え、幅広い世代から慕われ続ける理由とは? 最新刊『年とる力』(文春新書)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む)
◆◆◆
傷をなめ合う仲間はいつも年下
さんざん叱られた末、深夜二時頃に番組を終えて帰るとき、下っ端の仲間同士で、
「憂さ晴らしだ。キムチ鍋、食べに行こうよ」
「行こう行こう!」傷をなめ合う仲間はしかし、全員、私よりずっと歳下でした。
社会に出て、仕事を始めた初っ端から仕事の仲間が歳下で、私はいつも歳下の仲間に支えられているという癖がついてしまったせいか、いつまで経っても後輩気分が抜けませんでした。
そして仲間たちも、私を「出演者のタレント」として丁重に扱うつもりはさらさらなく、スタッフの一員のように接して仲良くしてくれました。まさに仕事を始めて最初にできた友だち仲間です。今でもときどき集まったりLINEのやりとりをしたりして、昔話をしては笑い合っています。
もっとも最初にそういう関係性を築いてしまったせいか、その後、どの局の番組の仕事を始めても、なぜか私は、ディレクターの一員になってしまうのです。まあ、それは自らがそういう立場を望んでいるふしもあり、決して嫌ではないのですが、たまには私が現れた途端、
「『あ、出演者の阿川佐和子さんがいらっしゃいました!』と、あたりの空気がにわかにピリッとする、なんてことはないのか?」と仲間に聞いたら、「緊張してますよぉ、それなりに」と笑われる始末です。
歳下と遊ぶ
そういえば、ワシントンD.C.に住んでいたとき、私はスミソニアン博物館のボランティアスタッフとして、博物館の敷地内にある保育園で働いておりました。博物館に勤める人たちの幼い子どもを日中預かる、子どものためのデイケアセンターです。
そこには四歳から五歳ぐらいの子ども二十人ほどが集まっていました。可愛い子どもたちに囲まれて、私は絵本を読んだり(といっても発音が変なので、子どもたちに笑われていましたが)、泣きながら近寄ってくる子どもをなぐさめたり、ケンカを始める子どもたちを制したり、いわばアシスタント保母さんを演じておりました。
一度、泣きべそをかきながら私のところへ、
「サワーコ、アイム スケー」と近づいてきた女の子がおりました。何を言っているのかわからない。
「ワット ディ ジュ セイ?(なんて言ったの?)」と聞き返すと、「アイム スケー」。まだわからない。
「ウェル。クッジュー スピーク スローリー?(もう少しゆっくり話してくれる?)」とまた聞き返し、それでもわからないでいると、女の子はパタッと泣くのを止めて、
「もういい。サワコには頼らない」
言い捨てて、去って行きました。トホホ。ちなみに「アイム スケー」とは、「I’m scared」怖いよぉ、という意味でした。怖さも忘れるほど呆れたらしい。
そんな頼りないボランティア臨時スタッフのサワコだったせいか、しだいに子どもたちに舐められるようになりました。
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(略)
キムチ鍋食べに行くニダ
きっかけが~キムチ鍋のところがよくわからんが小説のタイトル風に新大久保の若者トレンドを意識してるとかか
>>14
すき焼き好きじゃない
譲って貰ってナンボの生き方
居酒屋とか行ったことないんか
阿川弘之も草葉の陰で泣いてるぞ
下から品性違ったぞ
檀ふみは破天荒壇一雄のどの因子貰ったんだというくらい冷静で感情の起伏の無い人に見えるよ
佐和子は若い時から親父転がしの俗物やん?
×下から
◯昔から
せや!!
キムチ鍋 LINE・・・アウト~!
あっちの人か
キムチ鍋は失敗しにくくて好きだわ
当たり前だろ



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