同居拒んだ富山の母「あんたはあんたの人生生きなさい」、東京から見守った7年間…柴田理恵さん「これでよかった」 : 読売新聞
2026/04/26 09:00 山田朋代
ケアラーの風景 ささえるあなたへ
俳優の柴田理恵さん(67)は昨年1月、故郷の富山県で暮らす母親、須美子さんを95歳で亡くした。周囲の助けを得ながら、離れた東京で母を見守った7年間を、「介護に正解はない。私にとってはこれしかなかったし、これでよかった」と振り返る。
「理恵さん大変! おばちゃん(母)が入院した」。2017年10月、実家の近くに住んでいる親戚から一報が届きました。
88歳だった母とは、その3日前に電話で話したばかりで、変わった様子は感じませんでした。外せない仕事があり、病院に行ったのは3日後。腎臓の炎症から敗血症を起こしていました。「お母さん、理恵だよ。わかる?」。問いかけても、もうろうとした状態でした。その後、熱は下がり、私のことも認識できるようになりましたが、寝たきりの状態が続きました。介護なしでは日常生活を送れない「要介護4」となりました。
◇
「仕事を辞めて介護に専念しようか」とも考えましたが、すぐに「ないな」と思いました。前年に父が亡くなって、「一緒に東京で暮らさないか」と尋ねた時、「絶対に嫌」と拒絶されたのです。「自分の人生は自分のもの。あんたはあんたの人生を生きなさい」と言われました。母にとって大切な友人や生きがいはすべて富山にありました。私は2、3週間に1度、富山と東京を行き来するようになりました。
母は自宅とお酒が大好きでした。「お正月は家でおいしいお酒を飲みたいね」と「ニンジン」をぶら下げて、リハビリに励んでもらうと、正月に一時帰宅を果たし、春には再び一人暮らしができるようになりました。
家に戻ってからは、ヘルパーさんらプロの介助はもちろん、親戚やご近所さんに様子を見守ってもらうなど、多くの人に助けられました。
「親の面倒もみずに、仕事をしていていいのか」という葛藤は常にありました。自分にできることは何かをよくよく考えて、心の支えになることだと思いました。気丈な母も、たまには気弱になります。そんな時、子どもが笑顔でいれば、うれしいでしょう。「あの人覚えている?」などと昔話をして、明るい雰囲気をつくるように努めました。母も楽しそうでしたよ。
母が90歳を過ぎた頃、転んだり、体調を崩したりすることが増えました。「そろそろ施設に」と切り出しても「嫌だ」とかたくな。「夜中に一人で転んで死んでも誰もうらまんか? 絶対化けて出てくるな」と念押しして、「化けて出てこん」と約束してもらったくらいです。
その頃は新型コロナウイルス禍で帰省が難しくなっていました。母が実家にいる時は毎日電話をかけて、病院や施設にいる時はビデオ電話をつないでもらっていました。
◇
25年1月、母の食欲が落ち、病院で寝ている時間が増えました。駆けつけたい気持ちはありましたが、間近に迫っていた舞台で責任のある立場にいたこともあり、かないませんでした。その代わり、病室では「お母さん、頑張られ(頑張れ)。すぐ行くよ」という私の声を流してもらいました。間もなく、母は亡くなりました。眠るようだったと聞きました。
介護は百人百通りと言われます。母は認知症がなかったから一人暮らしを続けられたのでしょうし、助けてくれる近所や親戚の存在も大きかった。「それは介護ではない」と思う人もいるかもしれませんが、こんな私の経験を講演などで語る機会も頂きます。実情を包み隠さずに伝えることで、「もっと頼ってもいいんだ」と、誰かの気持ちが軽くなればいいと思います。(聞き手・山田朋代)
しばた・りえ 俳優。1959年、富山県生まれ。(略)
※全文はソースで
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260419-GYT1T00088/※関連スレ
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縁切ったんじゃないの?
聖教新聞かと
正解だったと思う
ヤダヤダ
本音は嫌で仕方なかったけど娘の立場想って入信はしたが物理的距離はとりたかったとかだったりして
見知らぬ環境への移住って認知症やその他諸々の病気の原因になるんだよな
離れて住む親が年取って心配だから、と実家引き払わせて呼び寄せて同居したら
それが逆に認知症の引き金になったり
チェルノブイリ事故で強制移住させられた村の人々が心臓病などの病気になる率が有意に高かったそう
やはり金がないといざと言う時大変だから
それもあったのか
娘に素晴らしい言葉を贈ってあげる
素晴らしい母親
それで十分




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